ある夜、あなたは月の霧を歩かねばならない。ある夜、同じ時刻に、星もまた注いでいる。両方を抱える稽古それ自体が、ひとつの実践だ。
気づきうること
この対が落ちるとき、どちらか一方の札を勝たせようとする誘惑に気づくかもしれない。月だけだと霧との同一化になりうる——すべてが歪んで感じられ、あらゆる形が自らを疑う。星だけだと強引なポジティブの迂回になりうる——霧が部屋にいることを否認する。二枚は、より難しい真実を誘う傾向がある——両方が同時にここにいる。実在する失見当があり、同時に、霧の晴れに依存しない、静かな、自由に与えられる補填もある。両方のなかにとどまり、どちらも急がせないことが、しばしばその実践だ。
座って向きあう問い
- 私はいまどの月霧のなかにいるか?その霧を実在にしているのは何か?
- 星もまた注いでいる場所はどこか?私はそれを受けとるのを拒んできたか?
- 両方が同じ時刻に真であることを許したら、何が変わるだろう?
- あの光を放棄せずに、霧を敬うどんな小さな儀式ができるだろう?
この対が浮上しやすいとき
長く続く不確かな段階のなかで浮上しやすい——慢性病、ゆっくり燃える悲嘆、すぐには解けない進路の戸惑い、創作プロジェクトの後期、そして「曖昧さのなかで待つことを強いられた」あらゆる季節。困難か、静かな助けか、どちらかを否認したい誘惑があるときに役立つ。
つづける
· それぞれの札を別々に読む ·
· 姉妹的な実践 ·

