Lunarcana

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赤の象意

血・火・王権——業が完成したとき、それが纏う色。

赤の意味

赤はデッキの中でもっとも引き下がらぬ色である。西方の象徴伝統では、赤は同時に四つの重なる読みを担い、画面はその場に応じてそのいずれかを取り出してよい:血(犠牲、血縁、身体がいまだ生きていることの証としての傷)、エロス(いまだ精錬されぬ欲望、馴致されぬ獣の熱)、王権(主権、王と枢機卿の赤と紫、力にのみ留保された色)、そして地獄の火へとあふれ出る怒(懲罰の焔、龍の色、古き詩篇集における審きの色)。赤は四つの異なる調で「然り」と語る——身体に然り、欲望に然り、統治に然り、燃焼に然り。東アジアにおける「祝祭の赤」はパメラ・コールマン・スミスが拠った西方の文脈とは別系統に属する——西方の枠組みにおいて祝祭的な調子は不在ではないが、けっして主導的ではない。

ヘルメスの錬金術は、赤を全色階のなかで最も高い工法上の位置に据える。大いなる業の道行は——nigredo(黒化・腐敗)→ albedo(白化・浄化)→ citrinitas(黄化・霊化された物質に差す曙)→ rubedo(赤化・完成)。rubedo とは「王がその本来の色に戻ること」——哲人の石が可視化されること、炉火を経た物質がもはや「燃やしえぬもの」によって光を帯びること。デッキの中のあらゆる赤は、この終端に重ねて読みうる:意志の衣、固められた統治の山、調和の天使の翼、太陽の子の上の旗、花環を結ぶ赤布。赤とは、業が成ったときそれが纏う色である。

赤は札にどう現れるか

デッキは赤を、大アルカナを横切る一本の動く線として配する。出立は魔術師(I)——外衣は紅、下衣は白:意志が外に纏われ、意図が清く保たれる。皇帝(IV)では、玉座の背後の赤く乾いた骨のような山嶺——火を経て得られた堅固——そして甲冑の下の長き帝王の紅衣——「褪せぬ」という調子で主権を可視化する色。節制(XIV)では、赤は天使の翼に置かれる——ヘルメスの対応では、節制を司るのは太陽の大天使ミカエル——「調和する者は、自らが調和させるものの色を纏う」の像である。

そこから線はその高所へと登っていく。太陽(XIX)では、赤は大旗と羽根——炎の赤であり同時に血の赤——最も満ちた日光のもと、笑う太陽の貌の下で、生命の火はついに「鮮やかでありながらもう焼かぬ」。世界(XXI)では、花環の上下に赤布が結ばれる——いまや赤は焼かず、囲う;無限の符の両端、「完成」を「継続」の内に留める。赤はその最後の駅に至る。業は「着るもの」となる。

杖のスートにおいて二枚の小札が同じ弧を再唱する——杖は火を元素の鍵とする:杖のペイジが帽に挿す赤羽は「路上の使者」の色、杖のナイトの兜頂に立つ赤き炎の房は、疾駆しても風に倒れぬ。聖杯のペイジはより柔らかな赤——帽から垂れる赤布は戦の赤ではなく、「頭を柔らかく、聴きうる状態に保つ覆い」である。線を順に読む——魔術師・皇帝・節制・太陽・世界、杖の宮廷札を副旋律として——と、赤は錬金の全弧を描く:意志(点火としての rubedo)から、統治・調和・歓びを経て、業の完成が纏う赤へ。

赤を宿す札

デッキ中、赤は八つの位置にピンで留められている——大アルカナ五枚に、杖と聖杯の宮廷札三枚。ピンの上にカーソルを置くと、その赤が画面上のどこに置かれているか、そしてその意味が「意志」「山」「翼」「旗」「布」のあいだでどのように移ろうかが分かる。

Page of Cups · 赤

Page of Cups

硬き兜ではなく——頭を柔らかく保ち、聴ける状態を許す覆い。

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The Magician · 赤

The Magician

魔術師の赤は外衣であり、その下に白の下衣がある——意志は外に纏われ、意図は澄んだまま保たれる。この二重ねこそが札全体の読みである:白なき赤は蛮力、赤なき白は沈黙。魔術師は両者を身に同時に帯びてはじめて、業が地に届く。

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The Emperor · 赤

The Emperor

皇帝の赤は二重である——長き帝王の紅衣、そして玉座の背後の赤く乾いた骨のような山嶺。山は火を経て残り、衣は同じことを統治について語る。ここでの赤は「自らの温度を払い終えた」権威の色である。

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Temperance · 赤

Temperance

水にも火にも属さぬ調和者——その静けさによって、ふたつの流れはひとつに集められる。

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The Sun · 赤

The Sun

太陽の赤は旗と羽根——炎の赤と血の赤を同時に。最も満ちた日光のもと、笑う太陽の貌の下で、生命の火はついに「鮮やかでありながらもう焼かぬ」。デッキの中で唯一、赤と白馬が同じ光のうちに共にある場所である。

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The World · 赤

The World

世界の二本の赤布が花環の上下に結ばれる——無限の符の両端。赤はもはや焼かず、囲う;「完成」が「継続」の内に留められる。これは安らえる rubedo の姿である。

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Page of Wands · 赤

Page of Wands

兜ではない——使者の帽であり、彼が戦場ではなく路上にいることを告げる。

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Knight of Wands · 赤

Knight of Wands

頭上に立つその炎——疾駆しても、風の中でなお直立し、倒れない。

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赤は「色」の類に属する——画面のうちで教義的な重みを担う色相たち。錬金術の色階における正式な対位は白(albedo)であり、白は洗われた魂、赤は完成された業——両者は対として読まれるのが望ましい。この弧のもう一方の半分については「白」の項を併読されたい。図譜の他の色(黒・灰・金・青・緑)も索引に載るが、長文の項目は順次公開される。

より古い源

赤は人の手によって挽かれた最古の顔料である——埋葬の洞窟の赭、神殿の壁の辰砂は、絵画史上のいかなる他の色よりも先に現れた。ヘブライ語聖書は朱と深紅を会幕の幕布(『出エジプト記』26:1)と浄めの礼(『民数記』19:6)に織り込む。ローマの凱旋将軍はその凱旋の日に顔を赤く塗られた——その色はカピトリーノのユピテルから借りられたものである。キリスト教の典礼は赤を二つの大いなる主題に配する——五旬祭の聖霊(『使徒行伝』2 章は弟子たちの上に「火の舌」が降ったと記す)と殉教者の血——この二つの理由ゆえに、ローマ教会の枢機卿は今日も赤を纏う。帝王の赤はこれと並走する:テュロスの紫貝染めは実際の染料において赤に寄り、ビザンティンの皇帝はその深紅紫を玉座にのみ留保した。

工法上の読みもまた並走する。最初期のラテン語錬金術論考からパラケルススを経て十七世紀の薔薇十字の集成にいたるまで、ヘルメス派は大いなる業の色階を四段——nigredo・albedo・citrinitas・rubedo——として伝え、rubedo を完成の端に置く。rubedo とは哲人の石が可視化されること、王がその本来の色に戻ること、溶解と白化と黄化を経た物質が、赤をもって「炉火は終わった」と告げる、その姿である。ユング『神秘的合一』(Mysterium Coniunctionis, 1955-56)はこの全色階を心の過程として読み、rubedo を「もはや蒼ざめず、全エネルギー的充電を取り戻した、統合された自己(Selbst)」のために留保する。パメラ・コールマン・スミスの諸々の赤——魔術師の衣、皇帝の山、節制の翼、太陽の旗、世界の赤布——はこの土台のうえに立つ。それらは「業ののち、色が獲得されたとき」の瞬間の姿なのである。